デカップリングとフレンドショアリング入門 — 世界の調達地図が変わる

デカップリングとフレンドショアリング入門 — 世界の調達地図が変わる

ニュースを見ていると、聞き慣れないカタカナ言葉が次々に出てきます。デカップリング、デリスキング、フレンドショアリング、ニアショアリング。どれも「世界のモノの流れが変わっている」という同じ話の、別々の角度です。ただ、言葉が多すぎて何がどう違うのか整理がつかない。そういう声をよく聞きます。

この記事では、これらの言葉を一つずつほどいていきます。むずかしい国際政治には踏み込まず、「自社の調達や取引に何が効いてくるのか」が分かる形にまで翻訳します。

経済安全保障の全体像から知りたい方は、先に経済安全保障とは何かをご覧ください。この記事はその中の「調達の地図が変わる」部分を、もう一段かみくだいたものです。


目次

なぜ調達の地図が変わるのか

これまでの世界は「自由貿易」を基本ルールにしてきました。良いものを、いちばん安いところから、世界中どこからでも仕入れる。多くの工場が中国に集まったのも、この考え方の結果です。

ところがここ数年、この前提が部分的に崩れます。米中の対立、コロナによる供給の混乱、戦争や地政学リスク。「安いから」だけで一国に集中させると、その国との関係が悪化したり物流が止まったりしたとき、いっせいにモノが入らなくなる。この弱さが見過ごせないものになりました。

ここで国が守ろうとするのが、経済安全保障という考え方です。日本では経済安全保障推進法という法律もできました。経済を相手国の弱みとして突かれないよう、重要な物資や技術を国が一定の範囲で守る。その考え方が、企業の調達先選びにまで降りてきています。

つまり「いちばん安い場所」だけでなく、「止まりにくい場所」も一緒に考える時代に入った、ということです。世界の調達地図そのものが、ゆっくり描き直されています。


デカップリングとデリスキングの違い

最初のカタカナです。よくセットで出てくる「デカップリング」と「デリスキング」から整理します。

デカップリングとは、特定の国(主に中国)への依存を意図的に切り離していく動きです。英語の「カップリング(結合)」を解く、というイメージです。生産も調達も投資も、その国とのつながりをできるだけ減らしていく、強い方向の言葉です。

一方のデリスキング/yougoは、もう少し穏やかです。「リスク(危険)」を「下げる(de-)」という意味で、つながりを全部切るのではなく、危ない部分だけを減らす、という考え方です。取引は続けるけれど、止まったら困る一部の品目だけは別の国からも買えるようにしておく。これがデリスキングです。

ここ数年、少なくとも表向きの言葉としては、各国は「デカップリング」から「デリスキング」へと寄ってきています。完全に切り離すのは、お互いに損が大きすぎる。だから「全部切る」のではなく「危ないところだけ薄める」という、現実的な落としどころに向かう流れです。ただし、半導体製造装置のように分野によっては依然として厳しい制限が続いており、言葉が穏やかになったぶん実態まで一律にゆるんだわけではありません。

中小企業にとっての意味はシンプルです。取引先の全面入れ替えを迫られる場面はまれで、「この一品目だけは中国以外でも作れる状態にしておいて」と求められる場面が増える。これがデリスキングの実像です。この温度感だけ掴んでおけば十分です。


フレンドショアリング・リショアリング・ニアショアリングの違い

次に、「ではどこへ移すのか」という言葉のグループです。語尾に共通する「ショアリング(shoring)」は、もとは「岸(shore)」、つまり生産や調達の置き場所を指します。どこの岸に置くかで、3つの言葉に分かれます。1つめは信頼できる同志国へ移すフレンドショアリング、2つめは生産を自国へ戻すリショアリング、そして3つめは生産・調達を近い国へ移すニアショアリングです。表で見比べてみます。

言葉 意味 どこへ移すか 主なねらい
[yougo key="friendshoring"]フレンドショアリング 信頼できる同志国に生産・調達を集める 日本・米国・EU・韓国・台湾・インド・東南アジアなど価値観の近い国 一国集中を避け、関係の安定した国へ分散する
リショアリング 海外に出した生産を自国へ戻す 自国(日本企業なら国内) 供給を自国内で完結させ、止まりにくくする
ニアショアリング 生産・調達を近い国へ移す 自国に地理的に近い国(米国ならメキシコなど) 距離を縮め、物流の遅れや断絶を減らす

3つの違いは「移す先」だけです。信頼できる仲間の国へならフレンドショアリング、自分の国へならリショアリング、近い国へならニアショアリングです。

これらはどれか一つを選ぶ話ではなく、組み合わせて使われます。たとえば「半導体は国内へ戻す(リショアリング)が、部材は東南アジアの同志国へ広げる(フレンドショアリング)」というように、品目ごとに置き場所を変えていきます。

この動きは、新しい仕事の流れも生みます。生産が日本国内や近隣の同志国へ移ってくれば、その近くの中小企業に部品・加工・物流の引き合いが回る可能性があります。地図の描き直しは、立ち位置によっては機会にもなります。


中小企業に何が起きるか

ここまでが言葉の整理です。では、これらが自社にどう降りてくるのか。中小企業に直接効くのは、主に2つの入口です。

1つめは、取引先からの問い合わせです。 大手の取引先が経済安全保障の対象になると、その下請けである自社にも「部品をどこの国から仕入れているか」「他の調達経路はあるか」といった確認が回ってきます。「うちは小さいから関係ない」では済まなくなり、サプライチェーン(=モノが届くまでのつながり)全体の説明を求められる場面が増えています。

ここでいうサプライチェーンとは、原材料から製造・物流・販売まで、商品がお客様に届くまでのつながり全体を指します。自社がそのどこに、どの国とつながって位置しているか。これを聞かれる時代になった、ということです。

2つめは、調達先そのものの変化です。 仕入れている部品や材料の生産地が、地図の描き直しに合わせて静かに移っていきます。これまでの仕入れ先が生産を別の国へ移したり、特定の国からの調達が割高・割安に振れたり。納期や価格が以前より動きやすくなります。

つまり中小企業に起きるのは、「いきなり全部が変わる」ことではなく、取引の条件と調達先がじわじわ動いていくことです。身構えるより、足元の変化に気づける状態を作るほうが役に立ちます。


自社の備え — 依存の確認と分散

身構える必要はありません。やることは2つだけです。「いまどこに依存しているか」を知ることと、「いざというとき動ける状態」を一つ作っておくこと。

まず、依存の確認です。 最初の一歩は、手元の紙だけで始められます。仕入れ先から受け取った納品書・発注書を、まず3か月分集めてください。そこから金額が大きい上位10品目に絞り、それぞれ「どこの国から来ているか」を書き添えます。これだけで、自社が世界の地図のどこに、どの国とつながって立っているかが、一枚で見えてきます。

絞り込んだら、「この一品目が止まったら、何日で生産や納品が止まるか」を品目ごとに見ます。会社全体で何%という大きな数字ではなく、止まるまでの日数で見るのがコツです。たいてい、本当に効くのは数品目に絞られます。一国に集中している品目があれば、それが地図の描き直しに最も影響を受けやすい場所です。まずは知るだけで十分です。

次に、分散の一歩目です。 いますぐ仕入れ先を増やす必要はありません。先ほど洗い出した数品目について、「もう一社、見積もりを取れる先を知っている状態」を作っておくだけで、いざというときの動きが二〜三週間早くなります。連絡先を控えておく、年に一度だけ相見積もりを取る — その程度で十分です。こうして在庫や調達先を多重にしておく取り組みを、サプライチェーン強靱化 — つまり「止まりにくくする備え」 — と呼びます。いま挙げた2ステップは、その小さな入口です。

「全部を一度に備える」のではなく、「どこから備えるか」を一つ決める。納品書3か月分から上位10品目、そのうち一国集中の数品目に代替先を一つ。ここまでやれば、最初の備えとしては十分です。


まとめ

世界の調達地図が描き直されている、というニュースの正体を、言葉ごとにほどいてきました。要点を地図として置いておきます。

  • 背景は「いちばん安い場所」から「止まりにくい場所」も一緒に考える時代への転換
  • デカップリングは切り離し、デリスキングは危ない部分だけ薄める。各国は後者へ寄っている
  • 移す先で言葉が分かれる ― 同志国へ=フレンドショアリング、自国へ=リショアリング、近い国へ=ニアショアリング
  • 中小企業に効くのは「取引先からの問い合わせ」と「調達先の変化」の2つ
  • 備えは「依存している数品目を知る」+「もう一社の見積もり先を知っておく」から

カタカナの数に圧倒される必要はありません。どれも「自社のモノの流れがどこを通っているか」という一つの問いに行き着きます。明日のニュースでこれらの言葉を見たとき、自社の調達地図に重ねて読む。その視点を持っていただけたらと思います。

経済安全保障の全体像は経済安全保障とは何かに、自社の調達のつながりを一緒に整理したい方はお問い合わせからどうぞ。


この記事は山本 篤の独自の視点と知見に基づき執筆されたものです。経済産業省・内閣官房国家安全保障局等の公式公表資料を参照しています。引用の際は、出典として本記事のURLを明示してください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

レジリエンス教育・経済安全保障の専門家。中小企業経営者・個人事業主に世界の変化を翻訳。X: @fukumo_labo

コメント

コメントする

目次